平成 二十年 葉月

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午後起きの酷く沈鬱な心持ちで部屋の掃除をしていると、ドアの外、廊下の欄干にカラスが停まっていた。黒いやつで(あたりまえだ)、器用に横歩きをしながら、部屋の中を覗いているようだった。口を開けっ放しでこちらを見ていたが、私に気付いていないのだろうか、それとも案山子か何かと侮られたか。私は何を考えていたかと言うと、入ってこないかなーとか、写真を撮れまいかとか。


カラスはふいに私の目を見た、視線を合わせたかと思うと、正しい発音の日本語で語りかけてきた。
「初めまして、私はカラス太郎。古代ヘモギナ王朝の正統後継たる貴方を帝位継承しりとり大会へとお連れするため、お迎えに上がりました。」なんだってー!?
 突然の話で戸惑ったが、私は翌日仕事があることを思い出したのでその旨を告げると、「そうカァー」とだけ呟いて、カラス太郎は飛び去って行った。二十六年も生きていると不思議なこともあるものだ。


Aug. 1. Fri.

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地面を石で固めたやつ、誰だ。黒いアスファルトを敷き詰めることを思いついたの、誰だ。暑いぞ。(白かったらそれはそれで大変なんだが)


日の出からせっせと蓄熱した路面から熱気が沁み出している。ずらりと並んだ色とりどりの自動車も懸命に機関を燃やし、1t の自重でもって 60kg のおっさんを、一人ずつ丁寧に運搬している。健気だ。車列は徒歩の私に順次、追い抜かれる。見えるものは、どこまでもつづく、青の空と、石の街だった。
 表町の入り口の交差点で、私は赤信号で立ち止まる。東西に伸びる大通りは、太陽光に満たされて何もかも輝かしかった。汗の滴。私は決壊した。オフィスは寒かった。クリスタルガイザーを飲んで、働いた。


放熱は、今も続いている。


Aug. 5. Tue.

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どこかへ行ってきますと告げるつもりが、上手く発音できず、それでも同僚さんは何か了解を示したのでオフィスを出た。六階から、階段を降りながら、どこかへ? どこへ?
 地上は粘つくような暑さだったが、閉じた空間の空気と違って心地良かった。どこに入っても寒くて、二百円のコーヒーは高くて、少しも美味しくなくて。表町アーケードのベンチで、赤い缶のコーラを飲みながら本を読んで過ごした。昨日もこのように。夏の昼休みはこれで決まりか。


母親に金を返すために、帰りに銀行へ寄った。暮れた八時の近く、真っ白の照明に ATM が並び、誰も居なかった。奥に進んだ。習性。
 上の壁に、カッターで切り抜いたように、黒揚羽が貼り付いていた。迷い込んだか。このビルに、ではない。この石積みの都市にだ。ATM の並んだこのハコも、寒すぎる。一晩もたないだろう。
 カードを入れたが、百五円が惜しくなって取り消しを押した。まっすぐ帰った。道を横切り、植え込みを掻き分け、家々の屋根を踏み越えて。


Aug. 6. Wed.

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半井さん は今夜、真赤なシャツに(たびたび穿いてる)海老茶のスカート、コルセットみたいに太いベルトを巻いていた。
 あ、今日はこのことでも書こうかと思って喋る姿を見ていた。仕事で得た情報によると、今年の秋は光沢感がトレンドらしい。(光沢感、である。そういうトレンド感がオススメ系なのだ。) 喋り終えた 半井さん がお辞儀をして少し傾げた笑みを見せると、画面は男性のキャスターに切り替わった、この人土曜と日曜の人だ、武田さん、夏休みか。


明日の予報がどんなだったか、思い出せない。東で雨が降るって。岡山は? ワカンナイ。傘はある。行かなくちゃ。


Aug. 28. Thu.

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