平成 二十一年 長月

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アパート二階の廊下の端、欄干に寄っかかって東の空を見上げると電線の向こうに積乱雲が見えた。西の空にも見えた。部屋でハーフカメラにモノクロフィルムを込めて、外に出掛けた。空だけ撮っていれば良い。目一杯絞って、雲の陰影が出れば良い。


近所をぐるりと廻り、久しぶりの喫茶店でアイスコーヒーを啜り、中途半端になった時間を市街へ歩いた。道には人も車も多かった。男の子の手を引きながら子供に合わせて歩く父親を追い抜いた。まるで夏休みのようだった。
 夕日の逆光、順光、いづれも雲は輝いていた。
 53号線沿いを歩きながら見上げる視界を、ふいに大きなアパートメントが遮った。そして丁度、全階の廊下で蛍光灯が一斉に、しかしそれぞれほんの少しの時差をもって次々と点灯する様子が見えた。私はその時、その瞬間を見た私が確かに居たことを知った。
 日はますます低く、陰に沈んだ国道の左車線には赤のランプがひしめいていた。


Sep. 5. Sat.

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スタンドの灯りを消すと、窓の網戸ごしにとても明るい星がひとつ見えた。数百光年? さあ、判らないけど。
 光は時間である、という話を思い出した。過去の全ての瞬間は光として保存されている……


夢のように支離滅裂な何かを考え続けていた。死ぬまでにあと何度髭を剃るのだろうと考えていたとき、私は自分が眠っていないことに気付いた。
 冷蔵庫の水を少し飲んで、トイレに行った。外の廊下は夜の空気が気持ちよかった。廊下の端まで行くと星がよく見えた。もう夏の夜空ではなかった。だだ、眼鏡のレンズのせいでシャープな輝きは僅かに二重像となっていた。
 単なる近眼だが、それでももう自然の肉眼では星を視ることはできない。深刻ではないが、寂しいことだった。コンタクトレンズを使っていた友人と、昔そんな話をしたことを思い出した。
 思い出すのは昔のことだけ。記憶も光と似たようなものか。


眠れないのは夜のせいだ。


Sep. 6. Sun. 26:39 -

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imitated records or false memories

漁業通信

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