平成 二十二年 弥生

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むかし、田舎のおばあちゃんの家に三毛猫がいた。僕はその頃まだ三歳か四歳くらいで猫や犬なんかがちょっと恐かったこともあって、その猫と特に親しくしたということはないのだけど、とにかくおばあちゃん家に行けば三毛猫がいた。
 その猫はいつ頃か、おばあちゃん家からいなくなった。その時、猫は最期に身を隠すということを知った。僕は、いなくなる少し前にあの猫が見せた、おばあちゃん家の前の長い坂道を降りていく後ろ姿を思い出すことができる。あの坂を降りていったまま帰ってこなかったような印象と結びついているからだろう。


何故だか解らないけれど、むかし田舎のおばあちゃんの家に三毛猫がいたことを、今夜思い出した。ラジオからは、ボブ・ディラン。
 ボブ、あんたが何を言っているのか、さっぱり解らないよ。英語だから……


Mar. 8. Mon.

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ぼんやりと部屋の埃を除いていると、窓の外がにわかに騒がしくなった。手を止めて網戸越しに覗いてみると、外のケーブルにツバメが停まっていた。そしてもう少し視線を下げてみると、クロシロの猫がケーブルを見上げていた。私が今冬から気まぐれで餌を与えている野良猫だ。
 網戸を開けて顔を出すと、私を見つけた猫があまりかわいくない声でニャアと鳴いた。餌は晩の配給を待つのだ。そもそも野良のくせに太り過ぎではないのか。
 ツバメは私のことなど意に介さぬ風でケーブルの上に揺れている。チクチク騒いでいたのは、巣の下を猫が徘徊していたからだ。警戒はしているようだが、翼を持つアドバンテージは心得ているようで、しばらく猫とにらみ合ったあと、さっと滑降したかと思うと、猫の頭上をくるくると二、三度旋回してから飛び去って行った。
 餌付けで野性を失った猫はキョロキョロと目を廻すだけだった。そもそも野良のくせに太り過ぎではないのか。


桜が開花したと思ったら、冷たい雨が続いたり、出勤の朝が放射冷却で冷え込んだりして、それでも私は寒い冬が好きで、そしてぼんやりとした春がどうにも苦手だから、春が来たなんて思いたくないのだけど、その窓の外の小さな出来事を眺めていると、もう冬が終わったということを認めなければならなかった。


Mar. 31. Wed.

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imitated records or false memories

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